くるみ割り人形

映画『くるみ割り人形』作品情報

イントロダクション
キャスト
スタッフ
プロダクションノート
チャイコフスキーが生涯怖がった生き物である
ホフマンの原作童話
新しい“くるみ割り”
サンリオ製作第一弾映画
増田セバスチャン、登場
視覚―さらなる3D空間への仕掛け
聴覚―さらなる異空間への感情

いまも変貌する“くるみ割り”を企画するにあたっての製作ノート/プロデューサー:谷島正之 | ネズミがこわい!

チャイコフスキーが生涯怖がった生き物である

“劇場付きの専門作曲家による職人芸”として量産されるバレエ音楽を、極めて芸術性の高いものへと大きく変えた立役者、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)。
1892年12月18日、彼が世界一のバレエの都ロシア・サンクトペテルブルクのマリインスキー(旧キーロフ)劇場で初演した2幕3場のバレエ「くるみ割り人形」は、ネズミがダークサイドの象徴として登場する世界三大バレエ(「白鳥の湖」、「眠れる森の美女」)のひとつ。

時代を経て、様々なバリエーションが存在するこのバレエの初演時の物語を紹介しよう。

クリスマスイヴの夜、少女クララはドロッセルマイヤー伯父さんから“くるみ割り人形”を貰う。クララはこの人形が一目で大好きになる。
真夜中、客間に置いてある人形を見たくて、ひとり起き出してきたクララ。すると突然、クリスマスツリーが大きくなり(クララが小さくなった)、クララはネズミの大軍とくるみ割り人形率いるおもちゃの兵隊の戦いに巻き込まれる。くるみ割り人形の危機をクララが“スリッパ”を投げ付け救うと、人形は素敵な王子様に変身。ふたりは雪国の樅の森を抜けて、お菓子の国へと旅立つ。そこでは、金平糖の精の女王がふたりを迎え、もてなす為の祝宴が開かれる。各国の楽しい踊りやワルツが披露され、最後には金平糖の精と王子が夢のように美しいパ・ド・ドゥ(男女ふたりによって踊られる、そのバレエ最大の見せ場)を踊る。翌朝、自分のベッドで目覚めたクララは、すべてが夢だったことを知る。

約90分のバレエとなる本作は、初演から約一年後にこの世を去ることになるチャイコフスキーのバレエ作品の遺作となった。

チャイコフスキーは本作の作曲に取り掛かっている時、最愛の妹アレキサンドラの悲報に接する。安らぎを与えてくれる唯一の人。結婚の失敗(1877年)以来、自殺を図るほどに追い詰められたチャイコフスキーの絶望的な孤独に対し、7人の子供を授かったアレキサンドラの家庭は、いつも温かい団らんの中へ彼を迎えてくれた。この彼女の死が大きな影響を与え、さらに14歳の時に亡くなった母への想いをも重ねて作曲をした「くるみ割り人形」。無垢な子供たちの世界を、愛惜をはらんだ旋律で綴るこの楽曲は、彼がそんな団らんの中で味わった、もう決して取り戻すことのできない、幸福な時間への追憶、薄れゆく母への記憶が込められている。

しかし実は、このバレエの初演の評価は芳しいものではなかった。バレエは「音楽」、そして音楽と共に躍動する「物語」に加え、踊りの「振付」の優雅さが三位一体となって感動を与えるもの。本作の台本はクラシックバレエの基礎を築いた大御所マリウス・プティパが手掛け、彼が病で倒れたため、その一番弟子であるレフ・イワーノフが振付を担当した。当時としてのロシア最高の布陣であったにも拘らず、物語における一貫性のなさや、くるみ割り人形の正体が曖昧、ほとんどが子供をめぐるマイムのみで構成される第一幕で、ダンサーの美しいソロも流麗な群舞も少ない、最高の見せ場の「パ・ド・ドゥ」も第二幕の最後まで引き延ばされる、等が批判された。

その後、1934年、ワシーリィ・ワイノーネンによる台本・振付による大幅な改訂が行われ、バレエとしての解り易い完成型が出来上がった。初演の第一幕を物語の設定通り子供に踊らせるということから、大人のバレリーナへと変更し、変身した王子と夢の中で結ばれるという、少女がひとつの愛を経験して成長していくというテーマ性を強めていった。クララの年齢も14歳前後へ変更。

この「くるみ割り人形」は今日まで、非常に多くのバージョンがつくられ、上演されている。そのほとんどの演出・振付は、初演の【プティパ=イワーノフ版】か【ワイノーネン版】かに準拠したものである。
そしてそこで語られる物語は、プティパの残した不完全とも言える台本、筋立て故に、後に様々な演出の百花繚乱を招いていくことになる。主人公クララの少女からの成長と愛の成就という点に焦点を置いた演出や、思春期の少女に見られる不安感を浮き彫りにした演出、ドロッセルマイヤーに光を当てたもの・・・など常に新しく深い物語へと“変容”する可能性を秘めたバレエとなっていった。様々な解釈がいまでも生まれ続け、初演台本の“不均衡”もいつしか消化されたかのように、世界中のクリスマスの風物詩となり、バレエの代表的演目となった。

kurumiwari

ホフマンの原作童話

さてこのバレエには原作がある。チャイコフスキーの初演から遡ること76年前、今から200年前。

ドイツ・ロマン派の作家エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン(1776-1822)による小説「くるみ割り人形とねずみの王様」は、1816年に出版された童話、このバレエの原作である。
もともとホフマンが親友の子供たちに実際に話して聞かせた物語である。その子供たちの名前は、なんとマリーとフリッツだったのだ(原作ではヒロインがマリーという名前)。子供たちを魔法の世界へと誘うドロッセルマイヤーは、ホフマンの自画像に他ならない。実際のマリーは当時4歳、フリッツは5歳だった(マリーは13歳で世を去ることに)。

子供向けに書かれた童話であることは間違いない。しかし内容は複雑で混沌とし、甘く美しいメルヘン的世界からは程遠い不気味さに満ちていた。
バレエ版の基本設定は、ヒロインの冒険は彼女の夢と解釈されている。だから最後に夢から覚める。非現実の世界は夢の中にしかない、という考え方に対して、ホフマンの原作は、現実と夢の関係はそんなに“単純ではない”と伝えている。不思議な出来事を訴えるクララに対して「ただ夢を見ただけだ」と大人たちは決めつける。しかし物語の最後で、くるみ割り人形に姿を変えられていた青年と結婚し、王妃になってしまうオチがついている。人形の国の王妃になる…これは可笑しな話だ。すなわち夢の世界の住人になってしまったというか、別の世界に取り込まれてしまった訳だ。現実から始まって夢を通過しつつも帰って来れないという何とも恐ろしい結末である。それはホフマンが語って聞かせた親友の娘マリーが、長生きできないことを予感し、彼女のために、現実とは違う場所に美しい世界を用意したとも考えられる。最愛のマリーのために書いた夢物語は、主人公が体験した世界は、夢とは言い切れず、どこかにあることを示唆し、ドロッセルマイヤーはそこを往復する魔術師的な人物として、夢であってほしい残酷な現実をむしろ語っているのだ。

日本語版を翻訳した種村季弘(河出文庫版あとがき)によると「滑稽で不気味、気が良くて残酷、美しくて醜悪、エレガントで胡散臭い。そのどちらかではなくて、どちらでもあるのがホフマンの作中人物。かわいいか不気味かではなく、善と悪、美と醜がまだ分かれていなくて、何もかもがまるごとそのままにある“子供の世界”」それが「くるみ割り人形」の世界だと言う。そしてカギを握るドロッセルマイヤーのことを「子供は優しいだけの人より、自分たちのやんちゃ、つまり汚れのない野生につき合ってくれるドロッセルマイヤーのようにどこまで広がっていくかわからない、善悪や美醜以前でもあれば、善悪や美醜の彼方でもあるような人が大好きなのです」とも。原作での登場場面は「ちんちくりんの不気味な男がひとり、腕に大きな箱を抱えて廊下をこっそり忍びあるいていた。<中略>まるきり見栄えのしない男だった。チビでやせっぽち。顔はしわだらけで、まっとうな眼のあるべきはずのところには大きな真っ黒な絆創膏、髪の毛だって一本も生えていない」とある。風体異形、恐ろしいような滑稽なような、不可思議な老人というイメージ。バレエでは、流麗に踊るので、醜くはないが、つねに不気味な影を落としている。ただ、どの舞台も一貫している点は、子供たちは彼に対して、怖がりながらも好奇心を隠せない、そういった存在であるところだ。

このように、現実と幻想の関係を描こうとしたホフマン原作は、複雑な構成ながらも類い稀な童話である。あたかも人形と人間の世界が通底し、あるいは転倒していくという幻想性、その不思議なリアリティを、少女の目線で追う興奮がある。

以上のように、バレエと原作、それぞれの作者が最も私的な想いを基盤に創り出した、死の哀しみが漂う「くるみ割り人形」とは、その時代と演出方法によって、物語の視点が自由自在に変わる「変容の歴史」なのである。いまこの瞬間も、バレエの台本に忠実なもの、原作寄りのテーマを持つもの、さらにはそのふたつが混ざり合ったものが、世界のどこかで新たな演出により、新しい変貌を遂げようとしている、まさしく“生き続けている”作品なのである。

KITTY

新しい“くるみ割り”

「これまでのどの“くるみ割り人形”とも異なる世界観で、少年少女は勿論、大人も夢中になれるような真のファンタジーを作り上げたい。偉大なる先人たちが築いた素晴らしい基盤(=初演版)のもと、原作の童話にあえて立ち返り、その幻想性に魅せられたことから私の作品は生まれたのです」と語るのは日本が誇るバレエダンサーであり演出家の熊川哲也。
彼は、チャイコフスキーの純真無垢な心を謳うメロディとホフマンのメランコリックな幻想の世界を融合させ、この歴史に新たな演出を投げ付けた。

ネズミの王の呪いにより、人形の国のマリー姫は醜いネズミの顔に変えられ、その婚約者の若き将校もくるみ割り人形に変えられた。呪いを解くには、純真な心を持った人間が、世界で一番硬いクラカトウクの胡桃を割らなければならない。国王はドロッセルマイヤーに、この呪いを解くように命じる。彼は時計職人で、時を操って現実と幻想を行き来し、クリスマスパーティで出会った少女クララを人形の国へと導く。勇気を振り絞って大時計の中に飛び込むクララ…。

2005年に誕生した、まさしく新しい「熊川版」は、「未知の世界へと足を踏み入れるワクワク感、ほんの少しの恐れ、そこで出会う驚きや感動、愛と勇気、そして夢見る心」(熊川哲也)が満ち溢れていた。伝統的な“大枠”は受け継ぎながらも、少女が見た夢を本格的なドラマにはっきりと仕上げ、すべての踊りは、登場人物たちの感情に紐付き、恐れや喜びを表現。原作の難解さや初演の曖昧さを見事に解決し、さらにはバレエにおけるダイナミズムは勿論、その舞台装置の美意識に至るまで、揺るぎない【演出構造】を築き上げてしまった。

例えば最近では、亡き母への私的な想い出、自身の子供時代のアルバムを紐解きながら演出を試みた巨匠モーリス・ベジャール版(00)や、孤児院の中のクララを主人公にした、孤児たちと大人の関係を描く(まるで「カッコーの巣の上で」のような)マシュー・ボーン版(03)のように、飛躍した様式美を持つ舞台も数多く登場している。しかしこの熊川版は、バレエ舞台の決定版であると同時に、“難解な原作か?未完成バレエか?”、その答えの出なかった両者の欲張った「融合」が果たされた舞台となった。

人形とネズミの迫力ある戦争シーンを経て、呪いが解かれる第二幕のグランド・フィナーレを迎え、肝心のラストシーン。幸せいっぱいのクララが、ふと目覚めるとベッドの中。枕元にはマリー姫と王子となった将校の人形があった。それをクララは抱きしめる…初演と同じような夢オチであるが、曖昧さは微塵も感じない、しかも原作の様な“夢とは言い切れない”情感すら喚起させる。人形に夢を託す子供時代に別れを告げるかのような深い余韻すら残る幕切れとなっているのだ。

ここで注目したいのは、熊川哲也のコメントだ。
「バレエを始める前、小学校二年生くらいの時に、母に連れられて“くるみ割り人形”の人形劇みたいな映画を観て面白かったんだ。でもそれが非常に怖いものだった。3つ頭のねずみが出て来たり、12時過ぎても起きてる男の子はねずみに変えられてしまったり。またその人形がリアルなんですよね。……それを見た記憶もあって、バレエの“くるみ割り人形”には恐怖感がないよな、ってずっと思っていた。ただ愉しい夢の世界だけで、冒険的な要素がない。ただ寝てて、お菓子の国に行って遊んで、起きたら夢だった、だけでは面白くない。最後も、夢から醒めておはようで終わってしまうだけじゃなくて、夢から醒めてほしくない!としがみつく感覚ってあるでしょう?……大人になればなるほど。そういうさまざまな要素を入れたかった」。(CDアルバム「熊川哲也のくるみ割り人形」ライナーノーツより)

おそらく、というか、事実、35年前に公開された映画『くるみ割り人形』のことである。この映画との出会いから、バレエの世界を志した訳ではないと思うが、熊川哲也の代表作であり、くるみ割り歴史上はもとより、バレエ史上に残る屈指の熊川版を生み出すきっかけとなり、影響を与えたことに間違いはないだろう。

KITTY

サンリオ製作第一弾映画

今回の企画の“原型”、サンリオが35年前に製作した人形アニメーション映画『くるみ割り人形』(79)の原作クレジットは「原作:E.T.A.ホフマン、P.I.チャイコフスキー」となっている。

当時の資料を紐解くと、バレエ版と原作版の融合を狙っていると明記されていた。「原作における幻想的なドラマ性と愛の世界」及び「バレエにおける華麗さと夢の世界」を基盤とし、オリジナルな物語に再構成するという意図のもと、2名の原作クレジットになっているのだ。
驚くことに、ふたつの世界の融合を、35年前に映画によって試みていたのである。
それも一日に3秒の撮影しかできない人形アニメを用いて、5年もの歳月をかけ、当時としては7億円という巨額の製作費をかけて、である。しかも、某戯曲家などに依頼したものの、この融合脚本は一向に巧く行かず、終いには、いまもサンリオの現役社長である辻信太郎(実はメルヘン作家である)自らが脚本を書き下し、完成させたという。

さて私たちの今回の作品は、その脚本とこの映画本体とを「原案」と捉え、すべてを再構築し、くるみ割りの歴史の変貌に触れながら、よりテーマと世界観を2014年のいまに近づけようと試みた。
物語としていま一度、ホフマン、チャイコフスキー(=プティパ=イワーノフ)の両軸を見つめ直し、両者融合の構造を突き詰めた。現実と夢の関係は単純ではなく、夢とは言い切れない危うい境界線を、単なる幻想譚の曖昧さに落ち込むことがないように、新たな脚本構成を行っていった。

子供たちを高揚させようとホフマンが「空想」を巡らせた原作は、クリスマスイブにプレゼントをもらった子供たちの興奮醒めやらぬ気持ちで見る、その夜の夢であり、そんな目線を徹底したことによって、より不思議な、普通では理解できない物語が描き出されている。本作も、子供たちだけが感じ得る、そのヴィヴィッドな驚きと喜びが軸となるように「脚本」を押し広げ、映像における「色」と「空間」を考え、音を設計していった。

重要だったのは、物語の核に置いた主人公の「少女性」だった。
どんなに夢を思い描いても、時は過ぎ、いつしか子供時代に別れを告げなければならない。そのたった一夜の物語。いま新しい朝がスタートし、はっきりと目を開けなくてはいけない。そんな目覚めの瞬間を鮮烈に描く、というテーマを掲げ、構成の改訂、セリフの改変を行った。子供時代最大のワンダーランドを垣間見た時、「時よ止まれ!」と願うほどの夢を見た時、クララにとって、その“時”に「さようなら」をする瞬間と、新しい“時”を招き入れる「始まり」が同時に訪れる。“時間”は少女を待ってくれない。楽しい時間へと誘ってくれたドロッセルマイヤーも、いまは遠くで見つめているだけだ。そして目の前に現れたのは…。
すべては最後のセリフ「おはよう!」に集約される。

KITTY

増田セバスチャン、登場

「おはよう!」―――― そのセリフに思いを込めたのは、監督、増田セバスチャンである。
今年(14)2月、ニューヨーク・チェルシーにて、自身初の個展となる「“Colorful Rebellion”-Seventh Nightmare-」が大成功をした矢先の増田セバスチャンの帰国を待った。カワイイ・カルチャーを牽引し、世界へ打って出た瞬間の力漲るこのアーティストのインパクトは強く、彼の言葉に打たれた。

「この映画は“ルーツ・オブ・カワイイ”です」。

松戸からひとり千代田線に乗って、川を越えて原宿で下りた…彼の自伝小説「家系図カッター」(角川グループパブリッシング刊)にはそう書かれていた。かの寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」に触発されスタートを切った彼は、カラフルで毒々しいお馴染みの“アート”と共に、“ヴィジュアルショー”と称した3つの舞台を演出している。その両世界、色の先にある詩的で幻想的ながら、リアリティを感じる世界観、“カワイイ”という表現ではとても連想できない、そんな彼の作家性を、ふんだんに本作へ落とし込んでほしかった。
蜷川実花、村上隆…数々のアーティストが映画とコラボレーションしている昨今、独自な路線を築けると確信した。35年前の映像に“ルーツ・オブ・カワイイ”を見た彼の、その映像のみを活用し、縦横無尽な映像編集と脚本の解体作業による2014年度の“リ・クリエイト”が始まっていった。

一方、2013年10月、本作の企画をサンリオと共に立ち上げようとしていた時、まず最大のポイントだったのは、徹底的に作り変えるためのベース、その映像素材が完備出来るのか?だった。驚くことに、35年前の作品ながらも、その「35mmフィルム」の大元である「ネガ・フィルム」の保存状態が、完璧に近く、劣化がほとんどなく、これだけ時を経ても、そこに映り込んでいるモノの輪郭が消耗していなかった。

すぐさま2か月以上かけてそのネガを一コマづつデジタル・スキャンし、マスター素材を作っていった。そこへカラーグレーディング(色のコントロール)を施す。彩度を上げ、微妙な色設計をワンカット毎に行っていき、カラフルな極彩色世界が立ち上がる。原色を毒々しい程に強め、限界値まで色を上げる作業を行い、まるで昨今撮影をしたような鮮やかなフッテージが次々と現れ始めた。その上で、さらにその2Dの画をワンカット毎に3D化(変換)作業を行っていくわけだ。

KITTY

視覚―さらなる3D空間への仕掛け

3Dは、スクリーンの向こうに映像と夢を拡げ、ひとつの旅を体験させる装置である。必要なのは、感情を揺らすストーリーと、身体を揺する映像効果を駆使し、観客をその世界の中へ“没入”させ、冒険させるという総合演出だ。

“B級映画に最適、奇術に等しい”と見下されてきた立体映画は、デジタル技術の躍進により2009年、鮮明な3D映像が、その飛び出し像と奥行き空間を持って、目の前に拡がった。そんな“次世代3D元年”から6年、ハリウッド大作映画では当たり前になったこの映像スペクタクルは、日本においては停滞気味である。海の向こうでは、3Dライヴ撮影のためのカメラ技術の躍進が、ジェームズ・キャメロンを筆頭に続けられ、2Dで撮影したものを3D化するコンバージョン(変換)3Dの質も向上した。3D変換化に関しての目覚ましい躍進は、この分野のトップであろう米「ステレオD」社の『パシフィック・リム』(13)を見れば一目瞭然だ。あれが、かつて“なんちゃって3D”と言われた3D変換作品とは信じられなかった。また、マイケル・ベイらは、金属変貌映画で、3D撮影と変換、その両方を組み合わせながら立体空間を創り出すという工夫を凝らしている。

本作の3Dは、かつて私自身も蔑んでいた3D変換作品である。意識が変わったのは、前述のギレルモ・デル・トロの仕事に魅せられ、その芳醇な立体空間を体験したことからだった。
また過去の2D映画を3D化する企画としては、本作は日本映画では初めての試みだ。アメリカでは、3Dのパイオニアのひとりであるジェームズ・キャメロンが『タイタニック3D』(12)で、素晴らしい変換技術を披露し、最近でもスピルバーグが『ジュラシック・パーク』(93)を、古い作品では『大アマゾンの半魚人』(54)や『オズの魔法使い』(39)も3D化され、オリジナル版の延長線上に、独特の世界観及び臨場感を映し出すことに成功している。

制作プロダクションを映像製作会社キュー・テックに置いたのも、その3D変換クリエイターの第一人者、三田邦彦がいるからだった。日本初3D変換アニメ映画『劇場版 遊☆戯☆王 ~超融合!時空を越えた絆~』(10)を筆頭に、アニメ作品『ヒピラくん』(11)の3D映像、2Dで撮影し3D化を行った初の劇場用長編実写日本映画『THE LAST MESSAGE 海猿』(10)、2013年には『SPACE PIRATE CAPTAIN HARLOCK』を手掛けた、この分野のパイオニアだ。独自の変換美学を磨いていた彼にとっても、本作はとても厄介だった。実写映画でもなく、アニメでもない、しかしその両方である実写人形アニメーションという未知の分野への挑戦。
また彼は、もともとCGアーティストなので、2D空間を3Dへ押し広げ、さらにその空間をよりアトラクティブにするデコレーション“立体CG効果”を組み込む技術とセンスを持ち合わせている。

前にも書いたが、本作は、オリジナル版の延長線上にある映画ではない。根幹に置くテーマから視覚・聴覚に至るまでを作り変え、まったく新しい世界を産み出すためのリ・クリエイトを行う企画。映像を立体化する変換過程と並行し、新たな3Dアイディアが続々と溢れ出し、設計されていった。どれほどの物量の映像効果が結果的に投下されたのか?私たちの挑戦の大きな醍醐味だったので楽しんで頂きたい。
ちなみに“平成ガメラ”映画における金子修介と樋口真嗣の如く、三田3D監督と増田監督の相性はとても良く、増田監督はアッという間に3Dの基本概念を習得していった。3Dは、2Dでは及ばない“崇高な”映像空間と、驚かせるという“低俗な”発想が混在しながらある世界観に集約されていくもの。増田監督は、自身のアートにも現れているように、悪戯心の外連味と美意識が混在する作家性を持ち得ているので、適応力のベースはあった。
そして、彼の発案によって、保存状態の良い“出演者たち=人形”を3Dカメラによって新たな撮影を行った。さらにまったく新しいアニメ・パートも製作し、そこではアン・リーが『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12)で行った3D視覚効果“ブロークン・ウィンドウ”を活用した。映し出される映像のフレームを壊す、すなわち外へ飛び出し、外から入り込むトリック、これも日本映画では初めての試みなので楽しみにしてほしい。

両名からあの手この手で、観客がクララと共に“人形の国”へ入っていく体感型映画の仕掛けが続々と飛び出し、ほとんど全カットに施された。2009年の“デジタル3D元年”以降、いや3D映画史上、おそらく最大の“飛び出し効果”を導入しまくった点も、『アバター』(09)以降の“奥行効果”を狙った品の良い立体映画に反し、必然性のあるアトラクション効果として全編に渡って見せ場となった。

KITTY

聴覚―さらなる異空間への感情

その視覚と共に、観客をより包み込むための聴覚への異空間性も追求した。音楽の松本淳一は、感情的なメロディと幻想美に富んだ先鋭性を併せ持ち、チャイコフスキーの音楽における楽しさと哀惜の念に呼応するアレンジ曲と新たなオリジナル曲を、大胆に叩き出してくれた。全編80分のうち約60分に及ぶあり得ないほどの大量の楽曲を製作し、堂々の音楽劇映画へと導いてくれた。
さらに、音楽合成ソフトウェア【ボーカロイド】を活用し、かつてないボカロ・ミュージカルという異質な味付けへも挑戦し、人形が演じる独特な異世界の迫力を強めていった。テルミンも登場するチャーミングで異様な音の洪水だ。

増田監督の、まさに友情提供ともいうべききゃりーぱみゅばみゅのテーマ曲「おやすみ」は、ファーストアルバムに収録されていた、彼女には珍しいバラード曲である。ただ、旧譜を借り受けするということではなく、当時18歳の彼女の“歌声”をそのまま活用し、その瞬間の“少女性”を有りのままに残し、音楽をすべて作り直すという拘りの「extended mix」になっている。最後のクララのセリフに呼応する、楽しい時間とその終わり、そしてまた明日、新しい時間へ期待する“感情”を高らかに謳い、エンディングを締め括ってくれた。

また登場人物たちの新しい声は、映画界、演劇界、音楽界、お笑い界から、ゴージャス過ぎる面々が人形の世界へと雪崩れ込んで来てくれた。「舞台を作っているつもりなんです」という監督演出のもと、アニメ的になるのを避けるため、本職の声優さんをひとりも組み込まず、どちらかというと実写作品に近い、さらには演劇に近いアンサンブルとなって、10人が10人とも、誰が誰だか解らない、人形になり切った演技と小気味良い逸脱感によって、命が吹き込まれていった。

彼らの声は、映像と音と共に、まるでスクリーンから手を伸ばす様にして、観客を包み込み、解けない魔法をふりかける。コワい夢であれ、楽しい夢であれ、子供は少~し人生をカジり、大人は失われた童心の記憶に久々に触れ、現在の苦味をちょっと味わうことだろう。

14年8月10日深夜2時45分、ダビング終了。8月13日11時、初号試写。真夏日に完成した。
これ以上ないスタッフ勢とキャストによって、視覚と聴覚と心を打つ世界は出来たのだろうか?

バレエの舞台上で、いまだに変貌し続ける、そして永遠に完成型、答えの出ないこの「くるみ割り人形」という不思議な題材は、それ故に映画にとっても絶好の素材であった。その上、映画界に於いて、いままでにない特殊な形式のこの企画によって挑戦できる機会を得たことは、参加した全員にとって至福の時だったと思う。
かつてない作業により、その結果少なくとも、かつてないであろう結晶が産れたことは間違いない。ある必然性によって出逢った物好きな私たちは、硬く固くひとつの塊をここに創り出した。願わくばそれは、クラカトウクの胡桃のようであって欲しい、といまは願うばかりです。


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